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エネルギーウォーズ 【4】
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エネルギー自由化政策は転換された!?
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中川 順一
 ライヴドアや村上ファンドの事件は、行き過ぎた規制緩和の結果だと指摘する人がいる。さらに、耐震偽装、航空機整備トラブルなど安全軽視の企業不祥事も、規制緩和による競争激化がそうさせたと嘆く声もある。また一方で、行政や警察・検察などの最近の厳しい対応は、規制緩和の行き過ぎに対する「揺り戻し」ではないかと評するムキもある。
 規制緩和から10年余を経たエネルギー業界においても、同様の議論がある。先頃発表された「新・国家エネルギー戦略」(資源エネルギー庁)に規制緩和や自由化の文字はなく、エネルギー事業者の国際競争力も含めた基盤強化をめざす方向性が示されている。つまり、エネルギーの規制緩和(自由化)政策は転換され、それはまず、保安規制のより厳格な適用という形で現れはじめているという指摘も出はじめているのである。エネルギーの規制緩和政策は転換されたのだろうか。

月刊BOSS 2006年9月号 掲載元原稿   
  
 

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ガス点検不備で逮捕者

  長崎県警佐世保署は6月14日、違法な状態でガス給湯器が設置されていることを知りながら事故防止対策を取らず、一酸化炭素(CO)中毒事故を招いたとして、点検を担当した大手都市ガス会社・西部ガスの社員と子会社社員を業務上過失傷害容疑などで逮捕した。この点検先はレストランに併設されたケーキ工房で、今年2月16日、従業員4人が一酸化炭素中毒で倒れ、うち1人が約2週間入院する事故が発生している。同署は屋外設置用の給湯器が工房内で使用されていたことが事故につながったとみて捜査していた。逮捕された2人はともに、ガス給湯器の取替えを指導するなど適切な処置をとったと容疑を否認しているが、死亡者がない事故で、しかも点検時に「事故の危険性を知らせることを怠った」ことでのガス会社社員の逮捕は異例。
 電力、都市ガス、プロパンガスを問わずエネルギー事業者は常に、保安がすべてに優先されるとされてきた。ことに一次エネルギーであるガスの場合、海外に比べても厳しい保安規制が、天然ガスやLPガス(プロパンやブタン)、石炭ガスなど燃料ガスでの事故発生を極めて低く抑えてきたという見方がある。だがこの保安規制が、ガス事業者のコストを押し上げる要因のひとつと主張する業界人も多かったわけだ。規制緩和の議論でも常に、自由化反対の論拠のひとつは、競争が激化すれば保安が担保されなくなるというもので、それは航空・運輸など他業界における既得権者の主張と同様であったわけだ。
 それでもエネルギーの規制緩和は実施され、その結果エネルギー料金は、電力、都市ガス、プロパンガスも地域や用途などにより差はあるものの、規制緩和以前に較べて2、3割低減した。特に一般家庭用エネルギー料金の低減は、電力、都市ガスは新規参入との競争よりも規制緩和により経営の自由度が増し、政策的な料金設定が可能となったことが大きく、プロパンガス業界においては競合エネルギーや同業者間の顧客争奪戦が料金競争を生んでいるという面が大きい。
 規制緩和、新規参入、運賃競争、企業再編……という流れを進んだ航空業界では、近年、競争力確保のためのコスト削減が安全軽視と見られても仕方のないトラブルや不祥事を生んでいる。では、エネルギー料金の低廉化が事業者の収益を圧迫し、そのことで保安確保が不能となっているのだろうか。電力の原発事故などはひとまず置くとして、供給事業者が直接的に需要家の保安確保責任を負っている都市ガスとプロパンガスについて見てみると、規制緩和の10年で事故が増えているのである*。

*昭和50年代後半からの安全機器の普及により減少していたガス事故だが、ここ10年に限ってみると、プロパンガス事故が10年前の2割増(平成7年度88件が17年度105件に)、都市ガスに至っては倍以上(平成7年838件が16年184件に)の事故件数が報告されているのである。

行政罰で顧客の9割を失う

  料金は安くなるが、安全は担保されなくなる……そういう状態を望む消費者は、まずいないはずだ。こうした事故件数の増加傾向については、エネルギーの安全行政を所管する経済産業省も警戒を強めており、各都道府県に対しても事業者への保安の監督指導の厳格化を要請している。そして、その経済産業省は、大東建託の子会社で所管事業者のガスパスに対し2月28日、保安業務の改善を命令するとともに、3月末までの1ヶ月間、販売業務の一部停止を命じた。
 もともと参入自由であったプロパンガス業界だが、規制緩和の流れの中で、登録制から届出制への移行など、参入障壁は低くなった。だが、保安規制を含め新規開業の負担は依然大きく、新規参入の多くは契約獲得だけの「取り次ぎ業」に徹する場合が多い。その中で、ガスパルは大東建託が手がけた全国の既築物件を既存のプロパン業者から切り替える営業で、わずか数年で10万件を超す供給規模にまで急成長していた。しかし当初から保安引継ぎ等での杜撰さが指摘されてきており、昨年、茨城県内の事業者が業務停止命令を受け、さらに全社規模での調査を行ったところ、「7万件に迫る異常な件数の法令違反」(経済産業省原子力安全・保安院液化石油ガス保安課)が明らかになったため、今回の措置となったもの。
 販売業務の一部停止は「1ヶ月間、新規契約をしてはならない」というもので、継続販売のガス事業では一見軽いもののような印象を受けるが、なんと同社は、この行政処分で実に顧客の9割近くを失ったと見られており、極めて厳しい行政処分だったと業界では言われている。1ヶ月間の新規契約が、なぜ、それほどまでに顧客を失うことにつながるのか。それは、同社の供給先のほとんどが大東建託の賃貸集合住宅であったからである。
 ガスの新規契約では、常に法令に基づいた保安検査や供給確認が行われる。集合住宅では、入居者の一世帯でも法令に基づいた供給確認ができなければ、その集合住宅の全戸の供給を止めるか、他業者に引き渡すかしか選択手段はない。年度末の入退去シーズンに新規契約が禁じられたため、同社では新入居者への供給はできなくなってしまったからである。つまりこの行政処分は、新規参入に際し保安を軽視した販売を進めた同社を狙い撃ちしたものだとも言われているのである。

事前規制から事後規制へ

 こうした行政の厳しい対応は、規制緩和の「揺り戻し」ではなく、むしろ「規制緩和のあるべき姿」だと指摘する人もいる。
 企業法務の専門家として、ここ10年のエネルギー規制緩和の中でガス事業者の危機管理を支援してきた野崎修氏(半蔵門総合法律事務所パートナー弁護士)は「規制のしかたが事前規制から事後規制にその重点が移行した」と見るべきだと語っている。「規制緩和とは、事前規制を緩和して自由競争を促進させたもので、事後規制を緩和したものではない。むしろ逆に、これを強化することが本来のあり方である。間口を広げ、自由な競争を認めるが、すべての競争にはルールがあるのは当然であり、このルールを逸脱すれば、厳しい制裁(行政処分・刑罰)が待っている。規制緩和後の前述の刑事処分、行政処分は、かつての事前規制社会から見れば非常に厳しいものに感じるようだが、事後規制にもとづく当然の制裁権を発動したものだと私は理解している」。
 規制緩和は確かに保安をスリム化したものではあったが、決して保安の重要性を軽視した改革ではない。規制緩和という大筋の方向が確定した中で、これからは保安確保をないがしろにする事業者、あるいは取引ルールを守らない事業者に対しては、今後も厳しい制裁権を行使することが予想される。すべてのエネルギー事業者は自由競争のためにコスト削減に取り組むものの、保安の切捨てはできない。
 エネルギー規制緩和の方向は変わらない。自己責任で保安を確保し、投資を行い、それらのコスト負担に耐えつつ、低料金を提供できる……それが、「新・国家エネルギー戦略」が展開される時代の生き残れるエネルギー事業者の姿のようである。

野崎弁護士のコメント