図書館への寄付の情報

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PICK UP!

その本は

 芥川賞を受賞したお笑い芸人と、ユーモラスな絵と文で大人気の絵本作家、2人がタッグを組んで、なんとも魅力的な1冊が誕生した。
 「世界中をまわって『めずらしい本』について知っている者を探し出し、その者から、その本についての話を聞いてきてくれ。そしてその本の話をわしに教えてほしい」――年老いて、ほとんど目が見えなくなった王様に依頼され、2人の男が旅に出る。
 1年後、帰国した彼らは、ベッドから起き上がることもできなくなってしまった王様にひと晩ずつ、かわりばんこに話し始めた。「その者が言うには、その本は……とんでもない速さで走っているため誰も盗むことができない」「その本は、地面に落とすとバスケットボールくらいはねる」「その本は輪郭も文字もボンヤリしていて、読むことができない」「その本は、しおりをたべることによって成長する本だった」「その本は、鉄よりかたいときと、豆腐よりやわらかいときがある」「その本は、夢のなかでしか読むことができない」「その本は、悪魔が封印されているらしい」「その本は、ある日の午後に少しだけ浮いた」「その本は、まだ生まれていません」etc.……。
 夜な夜な王様に物語を語る男たち同様、著者2人も交互に「その本」についてつづっていく。その内容は、よくもまあこんなに多種多彩であり得ない本を思いつけるものだと驚きあきれてしまうほど。クスクス笑えて、楽しめる数行から数10行程度のショートストーリーがほとんどだけれど、中にはホラー風味の1編や、胸がキュンと締めつけられる40ページに及ぶ物語も。とぼけた味わいのイラストも、遊び心たっぷり。

2023.7月刊行
著者:又吉直樹 ヨシタケシンスケ 発行:ポプラ社 ¥1,650

わたしに会いたい

 コロナ禍のただ中にカナダで両乳房の摘出手術を受けた体験を描いたノンフィクション『くもをさがす』で、多くの女性読者を勇気づけてくれた著者。本書に収録された8つの短編小説のうち7編も、乳がんが発覚し治療を行っていた間に執筆したものだという。
 病気、妊娠、成長、老い……さまざまな原因で体は変化し、それに伴う戸惑いや不安、焦り、怒り、やるせなさなどなど、複雑な感情が湧き起こる。さらに、周囲からの容赦のない視線や心ない言葉にもさらされる。そんな女性の体と性にまつわるあれこれや、痴漢被害やセクハラなどの問題も含めた女であるがゆえの生きづらさが、小説の形ながら驚くほどストレートに描かれていく。
 ヒロインたちのほとんどは、最終的には自分の体の変化を前向きに受け入れ、周囲のからかいや冷たい視線を跳ね返してみせる。その潔さが心地よく、励まされる。読み終えたあと、だいぶくたびれてきた自分の体さえ愛おしく思えてくる。

2023.11月刊行
著者:西加奈子 発行:集英社 ¥1,540

彼女たち

 直木賞作家と人気写真家がコラボした、フォトストーリー。50代のイチコ、30代のモネ、70代のケイ……年齢も暮らしぶりも異なる女性たちの日常をシンプルでやわらかい言葉で切り取った3つの掌編に、やわらかな光が印象的な写真がたっぷり添えられている。
 特に心に残るのが、イチコの愛猫であるジョンの視点で描かれる「ジョンとイチコ」という物語。〈自分を生きる方法を手に入れたイチコさんは、どんなでこぼこ道も、一人で歩く。喜びも失敗も、ぜんぶ自分のものだ〉というジョンの1人語りに胸がキュンとなる。
 vイチコやモネを遠くから見守るコーヒーショップのオーナー、ケイのつぶやきも忘れられない。〈つよく生きる彼女が、思い出と連れそう日々と上手に手をつなげますように。いつか「つよく」から「つ」が抜けて、「よく生きる」になります。だいじょぶだよ。あなたたちはいまを乗り越える力があること、わたしは知ってるの〉という言葉は、読み手のかさついた気持ちまで潤し、あたため、自分の歩幅で歩けるようそっと背中を押してくれるよう。しんどいときに読み返したくなる1冊だ。

2023.10.20
著者:桜木紫乃 写真:中川正子 発行:KADOKAWA ¥1,650

グレイの森

 臨床心理士になって4年目、仕事に慣れてきた水沢藍だけれど、対応に悩む相手が2人いた。1人は、これまで息子にしてきた教育について後悔し、相談に訪れた母親。もう1人は、ボランティアとして英語を教えに行ったときに出会った、手首にリストカットの痕が何本もある小学6年生の少女。2人に関わるうちに藍は、ある殺人事件の真相を知ることになる……。
 現役の記者でもある著者が、小学校で起きた大量殺人事件に触発されて書いたという社会派ミステリー。子を思う親の愛情のかけ違いから生じた悲劇、被害者家族と加害者家族それぞれの苦しみと向き合う臨床心理士の葛藤を通して、読者もまた否応なく気づかされる。物事も人の気持ちも親子の関係や愛し方も、一面的に白と黒、正解と不正解などと分けられないことに。グレイのグラデーションの中で私たちは生きているということに……。
 人間の心の脆さを突きつけつつも、絶望のどん底からすら人は再生できることを語りかけてくる感動作。

2023.11.02
著者:水野梓 発行:徳間書店

照子と瑠衣

 中学2年で出会い、30歳のとき同窓会で再会したのをきっかけにつき合いが始まり、共に70歳を迎えた照子と瑠衣。容姿も性格も真逆で、照子がサバンナの草食獣なら、瑠衣は肉食獣タイプだが、不思議と気が合い、信頼を育んできた。
 ある日、照子のもとに、老人マンションに入ったばかりの瑠衣から「助けて」コールが入る。入居者を2分する派閥のどちらにも入らずにいたら陰湿な嫌がらせが始まり、こんなところもう1日たりといられない!と。その電話を機に、照子もまた、45年間連れ添ったモラハラ夫を見限る決心がつく。
 「さようなら。私はこれから生きていきます」とだけ書いたメモを残し、夫の愛車であるシルバーのBMWを運転して、照子は瑠衣と共に長野の別荘地へ。長いこと使われていなそうな別荘の鍵をドライバーで壊して入り込み、新たな暮らしをスタートする……。
 女2人の逃避行を描いたリドリー・スコット監督による1991年のヒット映画『テルマ&ルイーズ』を彷彿とさせるタイトルと設定だが、刹那的で悲劇の予感を孕んでいた映画とは異なり、2人の暮らしはのびやかで明るい。失敗や後悔も多かった来し方をしっかり受け止め、認めたうえで、70年間に身につけたものを生かしつつ、新たなチャレンジを始め、これからの人生を楽しもうとする。
 ハッピーエンドではないけれど、希望を感じさせるエンディングが、いい。〈『冴えない、平凡な一生』なんてものはそもそも存在しない〉〈まだまだこれから、なんだってできるわよ、あたしたち〉といった2人の言葉は、決して強がりには聞こえない。人生の価値を決めるのは自分だというヒロインたちの強い意志が、読む者の心にも宿るはず。

2023.10月刊行
著者:井上荒野 発行:祥伝社

問題解決のための名画読解

 ピカソ、マグリット、ジェリコー、喜多川歌麿、草間彌生などなど、古今の名画約100点をオールカラーで取り上げながら、それぞれの制作プロセスを分析。個性溢れるアーティストたちならではの観察眼・ものの見方・考え方を解き明かしたうえで、それを一般人が仕事や日常生活で役立てていくための技法(自分の偏見や先入観に気づいたり、問題点を正しく定義したり、さまざまな視点から問題にアプローチしたり、膨大な未解決問題を小さく切り分けたり、これまでとは180度異なる解決作を見つけたりetc.)に置き換え伝授してくれる。
 たとえば、パブロ・ピカソ。ピカソは彼なりのリアリティを追求した結果、「一地点から見えたものを描く」という従来のアートの前提を覆し、「さまざまな角度から捉えたものを再構成する」新しい表現方法を考え、人物の目や鼻の向きをチグハグに描いたり、静物を積み木のようにカクカクと描いたりする「キュビズム」を完成させていったという。彼のように、これまでとは異なる角度から物事を捉え直し、問題解決の新たな糸口を探るロードマップを、著者は提示していくのだ。
 アート好きはもちろん、美術に興味のない人にもお勧めの、これまでにないアートブック。

2023.11月刊行
著者:エイミー・E・ハーマン 訳:野村真依子 発行:早川書房 

n番部屋を燃やし尽くせ

 「n番部屋事件」をご存知だろうか。2018年後半から20年にかけてテレグラムなどのメッセンジャーアプリ内で行われ、韓国社会を震撼させたデジタル性犯罪。複数の加害者が、未成年も含む女性たちの個人情報を盗み取り、脅しによって「奴隷」化して言うことをきかせ、性的な写真や動画を送らせてはアプリ内のチャットルームで流通させていたのである。盗撮写真や、ディープフェイクによって作った知人女性の陵辱動画などもアップされていた。まともな人間が見たら吐き気を催しそうなチャットルームは増え続け、摘発されただけで60部屋、映像をシェアしていた人間は最低でも6万人、被害者は60人を超えるという。

 著者は、この事件の解決に大きな功績のあった女性たち。当時大学生でジャーナリスト志望だった2人は、卑劣な犯罪が野放しにされていることに憤り、被害者を救いたいと追跡団「火花」を立ち上げる。そして、潜入取材などを通してチャットルームの実態を暴き、多数の証拠を集め、サイバー性犯罪に腰が引けていた警察やマスコミを動かしていく。

 本書は、そのプロセスと、事件前後の2人の思いをつづったノンフィクション。被害者に対するセカンドレイプにならないよう被害の詳細にはあえて触れず、女性を人間ではなく商品として見ている部屋の利用者たちが交わしたチャット内容や、どのようにして加害者をあぶり出し追いつめていったかをつづっている。

 事件が社会問題化する中で、著者たち自身も精神的に追いつめられていったそう。「誰かがやらなきゃいけないことだけど、あなたがやらなくても」と親たちに心配されながらも、「誰もやらないから私たちがやる」と途中で投げ出すことをしなかった2人の勇気、迷い苦しみながら成長していく姿に力づけられる。

 あまりにひどい性搾取の実態にページを繰るのが嫌になるが、読むべき本の一つだということは確か。多くの人がうすうす気づいていながら傍観者を決め込むことで野放しにされている性被害は、ジャニーズ問題をはじめ日本でも現実に起きている。そして誰もがその被害者になる恐れがあるのだ。本書には、n番部屋事件を受けて法改正が進む韓国社会の変化も併記されている。傍観者であることをやめて、日本も変えていかなければ……なんてことも考えさせられる1冊だ。

2023.10月刊行
著者:追跡団火花 訳:米津篤八/ほか 発行:光文社

生を祝う

 台湾で生まれ、来日後に日本語で書いた『彼岸花の咲く島』で2021年芥川賞に輝いた著者。受賞後、第1作となる本書では、人種やジェンダーによる差別がなくなった近未来を描く。
 物語の舞台は、「すべてを平等に」という思想を突き詰めた結果、胎児による「合意出生制度」なるものが当たり前になった社会だ。今の社会に、この親たちの子供として生まれたいか、生まれたくないかを、まだ母親のお腹にいる胎児自身が選んで決める。その子本人が生まれ出ることを望まなければ、どんなに子供が欲しくても出産することはできない……。
 突拍子もない設定なのだけれど、筆の力が生み出す不思議なリアリティで読者に重く切実な問いを突きつけてくる。生きづらさを増す一方の現代にあって、子供が欲しいと思うのは親のエゴなのではないか? やっと授かった我が子に「生まれたくない」という選択をされてしまったら? 命はいつから命になるのか? 受精直後か、胎児と呼ばれるようになる妊娠8週目からか、中絶が認められる妊娠22週未満の胎児は命ではないのか? 命に対する責任はいったい誰にあるのか?etc.……。
 2021年の流行語大賞に「親ガチャ」という言葉がノミネートされた。どんな親のもとに生まれるか、家庭環境や生まれ持った容姿・能力によって人生を左右される状況を、ゲームの「ガチャ」になぞらえたスラングで、「親ガチャで大ハズレ」などと言うらしい。そんな残酷で切ないスラング以上にドキリとさせられ、考えさせられる1冊だ。

2021.12月刊行
著者:李琴峰 発行:朝日新聞出版 ¥1,760

同志少女よ、敵を撃て

 第2次世界大戦中、ソ連では大勢の女性たちが従軍しドイツ軍と戦った。リュドミラ・パヴリチェンコという女性狙撃兵は309人を射殺したことで知られる。
 そんな史実を踏まえて書かれた本書は、狙撃兵となる訓練を受け、独ソ線の最前線に配備される女性たちの物語。無名の新人のデビュー作だったにもかかわらず、2021年11月に発売された直後から話題になり、大手書店の文芸部門でベストセラーのトップ。翌年、全国の書店員が選ぶ本屋大賞を受賞し、直木賞候補にもなった。
 魅力的なキャラクター設定、巧みな構成、迫力と緊張感あふれる戦闘シーン……。エンターテインメントとして抜群に面白いだけでなく、はからずも戦うことになった普通の女性たちの内面の変化を通して戦争というものの悲惨さに迫っていく。数多の敵を殺すことで少女たちは自分自身や仲間の命をつなぐのだが、戦いに習熟すればするほど罪悪感や倫理観は薄れ、一般社会から乖離していく。果たして戦争が終わったとき、彼女たちは日常に戻ることができるのか……。
 80年以上前の異国を舞台にした物語は、破天荒さとリアリティが絶妙なバランスで入り交じり、平和な現代日本でのほほんと生きている私たちにも他人事だと思わせないだけの力を持っている。

2021.11月刊行
著者:逢坂冬馬 発行:早川書房 ¥2,090

本の栞にぶら下がる

 著者は韓国文学翻訳の第一人者。韓国だけでなく世界各地で注目された『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめ数々の話題作・問題作の翻訳を手がけてきた。そんな彼女が、古今の文学作品(日本や韓国のものが多いが西洋の翻訳物も。埋もれていた詩人や作家の作品も多数)を取り上げながら、そこに刻まれた日本と朝鮮という国の関わり、歴史の表舞台には登場しない市井の人々の歩みを丹念に繙いていく。
 著者いわく、〈どんな古い本にも、今につながる栞がはさまっている〉。瑞々しく端正な文章でつづられた25編のエッセイが栞となって、韓国や日本の先人たちの思いと、現代日本で生きる私たちをつなげてくれる。

2023.9月刊行
著者:斎藤真理子 発行:岩波書店

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