エネルギーウォーズ【2】付加価値提案事業の模索


 「ガス」そのものが欲しくて、それを購入している家庭というのは、おそらくないだろう。人はガスが欲しいのではなく、風呂に入りたい、煮炊きをしたい。毎日の食事を作るために、たまたまガスを使っているのに過ぎないわけだ。
 長い間、台所のコンロはガスということに決まっていた。ところがここ数年、IHクッキングヒーターの登場により、ガスを使用しないオール電化キッチン、オール電化住宅が急速に普及してきた。もともとガスそれ自体に興味はないのだから、ベンリで先端イメージのあるIHクッキングヒーターの人気が高まり、台所におけるガスのシェアが奪われ始めたのだ。
※月刊BOSS 2006年6月号掲載原稿


 都市ガスとプロパンガスの共同戦線
  首都圏を供給エリアとする国内最大の都市ガス会社・東京ガスは、今年1月から、若い主婦層に人気が高い妻夫木聡をイメージキャラクターに起用している。前任は田村正和。いずれも台所厨房機器の選択者である主婦層に人気の高いタレントを起用し、最新のガス器具への関心を喚起しようという狙いだ。妻夫木のTVCMは、織田信長などの歴史上の人物がタイムスリップし、現代の最新ガス器具を目にして驚くというシリーズ。「ガスは新しい」を訴えることで、先進性イメージを強調する電力会社のオール電化PRに対抗していこうという企画だ。

 ほとんどの人がガスそれ自体に興味がないということは、大半の人が使用するガス器具に対しても特別な関心を抱いていないということを意味する。携帯電話は壊れなくても買い換えるが、一般家庭であれば特別なトラブルがなければガスコンロは買い換えない。通常使用であればガスコンロは10年近くは使用可能だから、家庭の主婦は10年前のガスコンロを、「今のガスコンロ」だと思って使用している。この10年の間にガス器具は、安全性はもちろん、利便性や省エネ効果、そしてデザイン面でも大きく進歩したとガス業界は語るが、家庭の主婦がTVCMに登場する最新のIHクッキングヒーターと比較するのは、自分の家にある10年前のコンロなのである。東京ガスが人気タレントを起用しているのは、IHクッキングヒーターに十分対抗しうる最新ガスコンロの機能とデザインを、主婦層に知ってもらいたいからだ。

 だが、ひとり東京ガスだけがオール電化攻勢と戦っても、首都圏には東京ガス以外の中小都市ガスや多数のプロパンガス事業者が存在し、それらがともに電化と戦わなければ、オール電化攻勢は食い止められない。その視点で、東京ガスでは電化対策を検討・推進する組織として、天然ガスの販売先でもある中小都市ガス会社とともに「ガスネット21」を結成するとともに、関東圏の大手プロパンガス事業者を結集し「電化対抗共同戦線Gライン」を組織し、ガス体エネルギー全体の総力を挙げて電化の波と戦う姿勢を示している。これらの組織を取りまとめてきた関係者は言う。

 「『電力・家電業界を打ち負かす』というのではなく、『お客さまへの価値提案競争に勝つ』ことを基本哲学にして、どうしたらガスというエネルギーやガス機器・システムがお客さまから選ばれるかを検討している。『都市ガス会社がLPガス業界をも束ねて相互研鑚している』状況など今まで考えられなかったと言う人もいる。しかし大企業ばかりの電力・家電業界に対抗して、小規模でしかも数が多いガス業界が、どの地域でもお客さまにも価値ある提案ができるようにするには、皆で研鑚を重ねレベルアップするしかない。」と。

 ガス種ではなく「会社」の選択を獲得する
  対オール電化で都市ガスとプロパンガスの共同戦線の必要が語られる一方で、都市周辺部ではプロパンガスから都市ガスへの転換が着々と進められている。しかし、こうした都市ガス競合地域のプロパンガス事業者の中でも、オール電化対策を講じながら、都市ガスと協調し、ときに敵対しながらしたたかに生き残りを模索する事業者も存在する。

 神奈川県内の大手プロパンガス販売事業者である藤沢プロパン瓦斯の山本泰然社長は、東京ガスの子会社でプロパンガス卸売会社である東京ガスエネルギーを仕入先としながら、一方で都市ガス(東京ガス)からプロパンガスへの転換営業を進めている。

 山本氏はこう語っている。

 「以前はプロパンガスから都市ガスへの一方的な転換しかなかった。しかし最近は、お客様がメリットを感じてくれれば、都市ガスからプロパンへ乗り換えてくれる人も多いとわかった。別に都市ガスを狙って転換しているわけではない。神奈川県内では10年前ぐらいからプロパンガス業者どうしの顧客争奪が増えてきたが、安売りや無償サービスの競争はキリがない。何か付加価値をつけられないかと考えた」。

 同社が取り組んだのは、アパート・マンションなど集合住宅オーナー向けのサービス。空室対策や相続対策を提案・サポートすることで、集合住宅の顧客を維持し、さらに新規を獲得するというもの。

 「アパート物件が欲しくてガス給湯器をタダで取り付けるという業者もいるが、オーナーが欲しいのは給湯器ではなく入居者。入居者がなければ、我々もガス代が入らない。優良入居者に長く入居してもらうことは、オーナーにもガス会社にもメリットになる。プロパンだと入居者が入らないというのは従来型の不動産業者が言うことで、プロパンであろうと都市ガスであろうと、またオール電化であろうと、安全で快適、そして経済的な状態を提供すれば入居する。そのしくみを提供すればオーナーは当社を選択するわけだ」。

 「戸建住宅の都市ガス化やオール電化は防げない。しかし、集合住宅であればまだまだプロパンガスは戦える。また、どんなエネルギーを利用しようと住まいやエネルギー利用のメンテナンスの部分が残れば、我々の仕事はある。都市ガスか、プロパンガスかという選択をお客様に迫るのではなく、エネルギーサービス業者として当社を選んでもらえばいいわけで、今はたまたまプロパンガスを主力商品としているにすぎない。東京電力に比べればはるかに小さい東京ガスであっても、我々からすれば大企業。そんな大企業では出来ないこと、ニッチな部分こそが、我々が勝負すべきところだ。」とも語っている。

 完全自由化となれば、導管を持たずとも都市ガス事業に参入できる。電話線をそのままにしてサービスを受ける会社を利用者が選択する電話と同じ形態となるわけだ。そんな時代を視野に、ここにも「エネルギー付加価値提案事業者」として生き残りをかける事業者がある。

(注)山本氏は、オーナーサービスを様々に企画するとともに、自らアメリカの不動産管理の資格であるCPM(不動産経営管理士)を取得し、現在、IREM-JAPAN(全米不動産管理協会日本支部)理事。CPMの手法を取り入れた理由は、「アメリカの不動産管理業では、日本の仲介のような入居者と大家さんの両方の代理人となる相互代理は禁じられている。CPMはオーナーの側に立って物件の価値を上げること、優良入居者を獲得することを支援する」からだとしている。

 コラム◎「価値提案」のブランドは東京ガスだけのもの!?
 都市ガス、プロパンといったガス体エネルギーの垣根を取り払い、共同して大資本である電力・家電業界に対抗していこうという考え方を持つ業界人がいる一方で、「やはり都市ガスはプロパンガス業界の方は向いていない」と断じる業界人も多い。

 例えば、最新のガスコンロの販売活動。東京ガスが主婦層に絶大な人気の田村正和を起用した時期、同社では最新タイプのガスコンロのシリーズを「ピピッとコンロ」とネーミングした。従来のパチンとひねってガスを着けるコンロではなく、家電製品と同様にピピッという電子音のボタン操作で点火し、微妙な火加減も自由自在に設定できるからだ。この「ピピッとコンロ」は、最新の安全機能に加えて、ガラス天板などを使用したデザインや掃除のしやすさも受けて、IHクッキングヒーターの対抗商材として善戦している。無関心商品であったガスコンロは、「ピピッとコンロ」というネーミングと斬新なデザインにより「価値提案」商材となったわけだ。

 この製品は各ガス器具メーカーのOEM製品であり、東京ガスオリジナル仕様とほとんど差異のない同型製品が、都市ガス用、プロパンガス用で販売されている。プロパンガス事業者の中には、知名度が高く好イメージの「ピピッとコンロ」の名で販売したいという声もあるが、東京ガスはそれを拒んでいる。「価値提案」のブランドは、東京ガスだけのもので、東京ガス以外には売らないということ。「提案力がなく、器具販売に不熱心なプロパンガス業界に、自社ブランドを乱暴に扱われたくない」と語るサービスショップ営業マンもいる。

 田村正和や妻夫木聡どころか、TVCMもなかなか打てないプロパンガス業界は、同製品を「ガラストップコンロ」の名称で販売している。「良い商材であっても全国レベルで浸透・普及しなければ、電化対抗にはならないのに」と、プロパンガス事業者は嘆く。